水戸地方裁判所 昭和37年(ワ)69号 判決
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〔判決理由〕(一) 原告らは、順一郎が綿引孫太郎の営業を承継する者であるとして、孫太郎の収入をもつて順一郎の将来の収入とする。<証拠略>によれば、順一郎は幼時両親を失つてから、死亡に至るまで伯父孫太郎に養われ、早くから同人の電気工事講負業に従事し、孫太郎が老年でありかつ先年脳溢血に罹つたことがあるので、事故当時は、順一郎が主に営業に当つていたのであるが、家族の一員として扱われていたので、順一郎個人の収入支出として定まつたものはなかつたこと、孫太郎の子は男子一人、女子四人(三名は当時未婚)であるが、男子は公務員であるため家業を継ぐことはあり得ないことが認められ、将来原告ら主張のように、孫太郎の営業を継ぐ可能性がないとはいえないが、それだけで、直ちに同人の収入をもつて、順一郎の収入とすることはできない。
(二) 順一郎の事故当時における生活は、右に認可したとおり、電気工事に従事していたものの、前示の特殊な事情のために、その個人としての収入、支出として明確に区別すべきものなく、毎月の収支の余剰は零に近い状態であつたというべきである。しかしながら、同人としても、通常の電気工事に従事する者としての能力を有するのみならず、いつまでも右のような状態に甘じていなければならぬ特別の事情もない以上、いずれは一人前の勤労者として世に出る筈であり、その時期はもとより確定し難いが、順一郎と孫太郎の年令等前示の事情を考慮し、おそくとも二七才(昭和三八年一一月)に達するまでには、そのような地位に立つものと認める。
(三) そして、死亡当時二二才の男子の平均余命が四四年を下らず(四六年余)、この種の業務に従事する者が、さらに三六年以上稼働可能であることは、明らかな事実であるから、順一郎は、少くとも死亡時より三六年間稼働することができたのである。
(四) つぎに、労働白書によれば、昭和三五年度の電気ガス水道業に従事する者の平均給与は、一ケ月三六、一七八円であり、これに綿引勝彦の証言により認められる孫太郎の営業状態、順一郎の稼働状態、死亡の時期(前年七月)などを参酌すると当時一ケ月三〇、〇〇〇円程度の収入をあげ得たものと認むべきである。他方労働白書によれば、昭和三五年度の都市勤労者の消費支出額が平均一ケ月三〇、五八九円であるところ、同人が独身の世帯主であることと、前記証言により認められる順一郎の生活態度を参酌すると、同人の生活費は、独立した場合でも一ケ月一五、〇〇〇円程度に止まり、毎月一、五〇〇〇円の余剰を生ずると認められる。されば、同人は、もしこの事故に遭遇しなかつたならば、一ケ月一五、〇〇〇円づつ四三二ケ月分の純利益を取得し得べきであり、これを月別法定利率による単利年金現価総額表により計算すると、純利益の死亡時の現価は三、八〇一、八一三円(余)となるところ、同人は、昭和三八年一二月に至つて、はじめて右のような収入を得ること前示のとおりであるから、その間の五二ケ月分を同様に計算すると、六九四、六七九円(余)となり、前記金額からこれを差引いた三、一〇七、一三四円が、順一郎がこの事故により失つた得べかりし利益であり、同人の被つた損害である。(太田夏生)